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すると、何てこつた、下手の渡船場の対岸にひよつこり房一の姿が現れた。河原に出ようとするらしく、自転車を厄介さうにわきに抱へて、崖縁についた急な小路をのろのろと危つかしい恰好で降りて来る。やつと判つた。今の今まで、徳次はそこに渡船場があるといふことを度忘れしていたのだつた。
と、下の男は睨み上げた。
ふと気づくと、玄関に人が立つていた、半シャツの男だ。瞬間、又来たな、と思つた。
「ねえ。――はやく。――患者ですわ」
「どうだ。起きられるか」
盛子は上から見、下から見しながら、
「ウシ!ウシ!」
「ふむ」
「ハッパさね」
「ね、君」
「えゝ、このたびこちらへ戻りまして、仲通りに開業しました高間房一ですが、つきましては一寸御挨拶に――」
今それを思ひ浮べたとき、房一はふいに一種の怒気を感じた。それは疾やましさのないはげしい敵意、何かしらぐつと相手を地面まで押しつぶしてしまひたいほどの、腹の底からこみ上げて来る得体のしれない力だつた。
「途中から帰つて来たんだよ」