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    「なあ、先生」

    その患者といふ言葉を、まだ云ひ慣れないために特別な発音をしながら、盛子はあわてて房一に声をかけた。

    「さうなんですよ。まあだ帰らないの」

    「ふむ、もうよろしい、よろしい」

    紛まがふことなく、それは神原喜作だつた。

    「や、失礼、おさきに」

    「先代がぽつくり死にましてね。おかげでこんな所へ引つこむやうになつてしまつたんですが」

    「何分ごらんの通りの未熟者でして――」

    「まあ、生れ故郷ですから」

    「高間さん、ひとつ何とかして引上げさせて下さい。このまゝでは――」

    ところが、徳次はぽかんとした表情を浮かべたきりだつた。

    「さうなんですよ。ですが、よく考へたもんだと思ひましたね、足もとから鳥が立つ、といふでせう、――あれとそつくりにね、かうひよいとカワラケがとび出すんですよ」

    思はず正文は笑ひかけた。それを隠すやうに小首をかたむけてわきを向くと、又房一の話を傾聴する恰好になつた。そして、一度起きなほつた背はだんだんと柔かく前こゞみになつた。

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